会社経営者が亡くなったときの相続!遺留分請求による株式分散を防ぐための手続きの流れなど
相続が開始されると亡くなった方の財産が引き継がれることになりますが、その亡くなった方(被相続人)が会社経営者であった場合どうなるかご存知でしょうか。
相続人は会社をもらうことができるのか、経営者になれるのか、これらの問題につき以下で整理していきます。また、会社経営者や後継者がスムーズに事業承継をするためにしておきたい相続対策の手続きについても解説していきます。
亡くなった方の地位や資格などは相続されないのが原則
相続では、亡くなった方が保有していた様々な財産が承継されます。
例えば現金や土地、家、自動車、有価証券など、ほとんどの財産は相続人に渡ります。
しかしながら、引き継がれないものも存在しています。
被相続人の一身専属にあるもの、つまり、その個人でなければならず代替の効かない・効かすべきではない権利や資格などが該当します。例えばその者が取得した地位や資格、著作権などの一定の権利も一身に専属するものとして相続の対象にはなりません。
地位に関しては以下のようなものが挙げられます。
- 親権者の地位
- 生活保護受給者の地位
- 代理人の地位
- 雇用契約に基づく使用者や被用者の地位
- 組合契約に基づく組合員の地位
- 委任契約に基づく受任者の地位
株式会社の経営者が亡くなったときの相続
以上の前提の下、会社経営者が亡くなったときの相続について見ていきましょう。以下、比較的例の多い株式会社の経営者が被相続人になる場合を想定して解説していきます。
会社の財産まで相続されるわけではない
まず理解しておきたいのは、経営者であっても、会社そのものとは区別されるということです。
会社は法人であり、それ自体普通の人(自然人)と同様、独立した人格を持つものです。自然人につき人格が相続できるわけではありませんし、その地位までも引き継げるわけではないのと同じように法人格が相続人に引き継がれることはありません。そもそも亡くなったのは自然人である経営者であり、法人が亡くなったわけではありません。
そこで、会社が保有する財産に関しても当然相続の対象にはなりません。たとえ経営者一人しか存在していない会社であったとしても、会社の財産と個人の財産は別個で考えなくてはなりません。
取締役の地位も相続されない
会社の経営を行う取締役は、会社と委任関係にあります。つまり委任契約に基づく地位なのであり、上述の通り、取締役としての地位も相続の対象ではありません。
それ以前に、委任契約は当事者が死亡することによって消滅します。
そのため会社財産が受け取れないことに加え、単に配偶者や子などと相続人であるというだけで経営者の立場に立つわけでもありません。
相続されるのは株式
取締役に自動で就任することにはなりませんが、場合によっては実質的に会社の所有者になることは起こり得ます。
なぜならその会社が発行する「株式」が相続の対象だからです。
そして株式を多く保有するということは、株主総会における議決権を多く持つことを意味し、つまりは会社の意思決定に関わることができるのです。そのため被相続人一人がある会社の株式すべてを持っていた場合、そのすべてを相続した人は会社を所有する唯一の者となるのです(この場合でも会社の財産まですべて個人の懐に入るわけではない)。
100%の保有でなくとも、一定以上の割合を保有することで取締役の選任に関する権限も持つことになります。その結果、自身を取締役として就任させることも可能です。
会社(株式)の相続を円滑にするための手続き
ここまでの基本的なルールを踏まえ、株式を持つ経営者が円滑な相続をするために重要な手続きを紹介します。なお、以下では特に「後継者への引継ぎ」に着目した相続手続きに言及します。
生前贈与をしておく
相続を見越した事前の贈与を「生前贈与」と呼びます。贈与契約に基づき財産を渡すことを意味します。
株式も原則として贈与が可能ですので、後継者に株式を渡しておいて会社に関する権限を委譲しておくのも一つの手です。あらかじめの対策を取っておかなければ被相続人の他の財産もごちゃ混ぜで分配されるおそれがあり、会社経営に支障をきたすかもしれませんので、生前贈与も検討すべきでしょう。
遺言書を作成しておく
生前贈与と同様の趣旨で、遺言書の作成も有効です。
ただ、遺言書作成の手続きしか取らないのでは一定のリスクが残ってしまいます。なぜなら遺言は、法に則った適式な方法で遺言書を作成しなければその効力が有効にならないからです。不備によって無効になるおそれがあります。
さらに、経営者本人が亡くなった後の問題となりますので、相続人間のトラブルが生じても本人が何らサポートできません。
そのため遺言書で指定をする場合には少なくとも弁護士などのプロに依頼し、可能であれば生前の対策も進めておくべきでしょう。
遺留分の請求をされないようにしておく
株式を後継者に渡すため生前贈与や遺贈の手続きを取っていたとしても、相続人から「遺留分の請求」をされるおそれがあります。
遺留分とは、被相続人の配偶者や子など一定の相続人のみに認められる、最低限の資力を確保するための財産分を意味します。例えば、遺言によって他人にすべての財産を渡してしまうと、家族が生活できなくなるおそれがあるため、これを防ぐために設けられた制度です。
遺留分は相続財産の割合で決まりますので、財産全体のうち株式が占める価値が相当に大きいと、遺留分を侵害してしまう可能性が出てくるのです。
そこで有効なのが経営承継円滑化法を活用した手続きです。
同法では、中小企業の安定的経営を支援するため民法等の特例を設けています。いくつかの特例があるのですが、そのうちの一つに「遺留分請求による株式分散を防ぐ」ための規定があります。
簡単に説明すると、前経営者と後継者、推定相続人の全員が合意によって「贈与等がされた自社株式の価額につき、遺留分の算定から除外する(除外合意)」という内容です。
また、「遺留分の算定に算入する価額を合意時の時価で固定する(固定合意)」ことも可能です。
遺留分の請求で株式が分散しないようにする手続きとその流れ
推定相続人なども含めた全員の合意により、遺留分の請求による株式の分散を防ぐことができると前項で説明しました。
その効力を生じさせるための手続きは、以下のような流れで進みます。
1.株式を後継者に生前贈与する
2.遺留分の算定から除外することにつき全員の合意を得る
3.合意から1ヶ月以内に後継者が同制度利用の申請をする
4.経済産業大臣が確認する
5.経済産業大臣から確認書の交付を受ける
6.確認書の交付から1ヶ月以内に後継者が家庭裁判所に申立て
7.家庭裁判所による許可を受ける
以上の流れを経て、ようやく合意の効力が発生します。
ただし、あらゆる会社で、あらゆるシチュエーションでこの特例を利用できるわけではありません。以下の要件を満たさなければなりません。
会社が満たすべき要件 | 前経営者が満たすべき要件 | 後継者が満たすべき要件 |
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なお、後継者は推定相続人である必要はありません。
その他詳しい要件や制度に関する情報はこちらを参照
中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.htm
会社(株式)を相続させたくない場合の手続き
ここまで、後継者に会社を譲りたい場合の手続きを説明してきました。しかし、逆に株式を相続させたくないという場合もあるでしょう。
配偶者や子がこれまで会社に何ら関与していない場合、会社からすれば突然外部の者が議決権を持つことになりますし、経営を不安定にさせるおそれがあります。
そこでこれを防ぐのであれば以下の対策を取りましょう。
生前贈与や遺言により後継者を指定する
生前贈与や遺言によって後継者を指定します。
これは後継者が親族など、推定相続人ではない場合に特に重要です。何もしなければ推定相続人に株式が承継されてしまいますので、生前贈与または遺言書の作成で予防するのです。
相続人に対し売渡請求ができる旨を定款に定める
事前の譲渡や遺贈によっても不安が残るかもしれません。
そこで上の対策に加え、事後的に株式が回収できる体制を整えておきましょう。
このことに関して、会社法第174条に規定が置かれています。
(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
第百七十四条 株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。
引用:e-Gov法令検索 会社法 第174条(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000086)
定款に定めることによって、「相続によって株式を取得した者に対し、その株式を売り渡すよう会社から請求できるようになる」ということです。
定款に基づくこの売渡請求を受けた相続人等は、価格の交渉はできますが、請求を拒むことはできません。会社としても外部の者が経営に口出しするのを防ぐことができます。
なお、定款にこの定めを置くには株主総会の特別決議を要します。
そこで、議決権の過半数を持つ株主が出席した株主総会において、出席株主の議決権の2/3以上の賛成を得ておきましょう(特別決議の要件)。
株式の譲渡や相続では税金にも注意
会社経営者が亡くなったときの相続問題、株式分散対策の手続きと流れを解説してきました。
ただ、実際には他にも多数の事項を考慮する必要があります。
例えば税金の問題です。株式の相続や贈与も課税の対象になりますので、その評価額が大きな場合には後継者に大きな納税の負担を強いることになってしまいます。そこで税理士に相談するなどして、節税の観点からも最適な方法を検討していくことが大切です。